(3)甘えと発散によるゆるみ

 極端に落ち着きがなく、小学校が心配だという幼稚園年長組の子ども。平気な顔はしているが、不安と緊張を抱え込みながら、それを絶えず動き回ることによって我慢しようとしているのが見てとれた。そこで、リラックスを促すために、じゃれあい遊びによる気持ちの発散を誘ってみることにした。
 子どもの体に触れたり、手を軽く引っ張ったりして、「ねえ、ねえ、遊ぼうよ」とじゃれてみる。スルリと逃げられる。「待ってよ~」と追いかけてつかまえる。また逃げられる。しばらくは、そんなことの繰り返しだった。しかし、ちょっとしたやりとりの中にも、この子の持つ“人との関わり方の不器用さ”が垣間見られた。
 あまり緊張しないタイプの子どもだと、この手の遊びには目を輝かせる。「いやだよ!」と言いながらも、嬉しそうな顔で、反対にちょっかいを出してきたりする。逆に緊張の強い子どもだとしたら、不安そうな表情を浮かべ、母親のところへ逃げていき安全を確保しようとする。しかしこの子どもの場合は、そのどちらでもなかった。遊びにのってくるわけではなく、かといって、母親に助けを求めるでもない。ひたすらちょっかいに耐えながら逃げ回るのだが、顔には不可解な笑みを浮かべているのである。
 それでも、しつこくじゃれあい遊びに誘い続けていると、突然、ギャーッと叫び、叩いたり、噛みついたりしはじめた。母親は慌てながらも、「家でも、幼稚園でも、わがままな行動を注意すると、突然こんなふうになることがある」と言う。

 長年、じゃれあい遊びに取り組み続けている「さつき幼稚園」でも、似たようなことがあるそうだ。遊びが夢中になると本性がむき出しになり、ケンカや、先生を叩く・蹴るなどの行動が出てしまう場合があるという。
 しかしこのような事態は、小さな子どものカウンセリングでは、よくあることだ。じゃれあい遊びは、閉じていた“心の蓋”をはずす作用がある。そうなると、ほどほどのストレスがある子どもは、ほどほどの気持ちの発散で済む。しかし、周囲の大人が気づかないほどの大きな不安や緊張を溜めこんだ子どもは、それが一気に吹き出してくるので、限度を超えた大暴れになってしまうのだ。
 もっともそれは、やっとホンネの気持ちを表現しはじめたことを意味するから、“適切な不安の訴え方”を学んでもらう絶好のチャンスだと言える。母親にしっかりと抱きしめてもらい、「嫌なことがあったら、お母さんのところに、ヤダヤダを言いに来ていいんだよ」と慰めてもらう。気持ちがすっかり吐き出されると、子どもはゆったりと母親に抱かれて落ち着くのだ。
 このような接し方を続けるうちに、多くの子どもは、だんだん甘え上手・ダダこね上手になり、無理に気持ちを溜めこまなくなってくる。この子の場合は、「幼稚園は嫌だ」と訴えるようになってきた。集団参加に伴う緊張を人知れず溜めこみ、それを動き回ることによって紛らわし続けていたのだろう。毎朝、登園をぐずるなど、一時母親は大変だったが、一方で子どもの行動はぐんぐん落ち着いていった。そして入学を迎える頃には、元気に登校していけるようになったのだ。

 スーパーや電車の中、病院の立ち会い室など公共の場で騒ぐ子どもが増えたと、時々問題視されることがある。「今の若い親は、しつけがなっていない」「人間関係が希薄になって、まわりの大人も見て見ぬふりをしていることが多い」という意見もある。
 もちろん、しつけは必要だろう。しかし過緊張状態のままでは、昔ながらのしつけをしようと思っても、なかなかうまくいかないことが多い。しかも、自分勝手に動き回る子どもが「緊張している」ということは、一般には、なかなかわかってもらえない。その結果、「甘やかしすぎ」と判断され、厳しい対応がされることが多いが、それは逆効果になってしまうのだ。緊張がかえって高くなり、よけいに落ち着かなくなる。さらに厳しく叱ると、別のまぎらわしの行動(爪噛み、指しゃぶり、髪を引き抜く、自傷行為など)が出てくるケースもあるのだ。

 心と体が緩まないことが原因で、落ち着きがなったり、悪ふざけが止まらなくなったりしている子どもたち。このような子どもの場合は、優しく接するにせよ、厳しくしつけるにせよ、それが結果的に心の蓋を閉じるような作用を及ぼすと、ますます緊張が高まり、逆効果になってしまう。
 このような子どもに必要なのは、上手に甘えたり、泣いたり、ダダをこねたりして、うまく気持ちを発散することなのだ。昔に比べて、本当の意味での甘え上手・泣き上手な子どもが減ってきたことが、子どもの体に過緊張状態を引き起こし、落ち着きのない子どもが増える一因になっているのではないだろうか。


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