(4)眠れない子どもたちのからだ

 子どもの就寝時間は、年々、確実に遅くなっている。日本小児保健協会の調査によると、夜10時以降に就寝する5~6歳児は、1980年に10%だったのが、90年は17%、2000年には40%に達したそうだ。大人社会全体が夜更かしになっている影響や、TVゲームなどで脳の興奮状態が高まっていることなどが原因とされることが多い。大人とは違い子どもの場合は、心身ともに発達途中にあるのだから、その影響が懸念されるだろう。実際、幼稚園や小学校などで、朝から大あくびでぼおっとしている子どもが目立ってきているという。文部科学省もこの事態を重要視し、子どもが望ましい生活習慣を身につけるため、「早寝早起き朝ごはん」運動を提唱している。
 ある小学校の“夏休みのしおり”を見せてもらうと、「毎日、ロックのリズムで」と書いてあった。「6時に起きて、9時に寝よう」ということなのだそうだ。しかし昔は、「子どもは8時に寝る」というのが常識だったように思う。わが家では、毎週金曜日だけは、『ディズニーランド』という午後8時から9時までのTV番組を観ることが許されていたが、子どもの私は途中で寝入ってしまい、最後まで観られないことも多々あった。しつけ以前に、昔の子どもの体には、夜更かしができないような自然なリズムが備わっていたのではないだろうか。

 落ち着きがなく、聞き分けが悪くて困り果てているという4歳の子どもの相談を受けた。ふだんの様子を聞いたり、実際に子どもとやりとりをしてみると、例によって、平気な顔をして、気持ちを溜め込んでしまっている傾向が見られる。そこで、気持ちの発散を促すやりとりをしてみたところ、30分ほど大暴れ、大泣きをした後、母親の腕の中でストンと寝てしまった。揺すぶってもぴくりともしないほどの熟睡ぶりに、母親は驚いた。神経質で、ふだんは寝つきがとても悪いのだそうだ。眠りも浅く、ちょっとした物音でもすぐに目覚めてしまうという。ましてや、よその家で寝てしまうようなことは、まずないそうだ。
 このようなことは、珍しいことではない。気持ちを溜め込んでしまい、体が過緊張状態にある子どもは、気持ちを吐き出してしまうと、一気に体が緩んでいく。その結果、あっという間に眠ってしまう子どもも多い。つまり寝つきの悪さは、感情抑圧による体の過緊張状態が原因となっているふしがあるのだ。

 相談室を訪れる子どもには、睡眠に関する問題を抱えている子どもも少なくない。
 ある子どもは、寝る前になって、いつもかんしゃくを起こすという。眠りが浅く、夜中に急に飛び起きて、暴れだす子どももいる。われわれ大人も、昼間は忘れていた心配事を、夜、床についてから思い出し、眠れなくなることがある。夜は、心の奥に押し込めていた感情が浮上してきやすいのだ。
 別の子どもは、寝る時間になると、急におもちゃで遊びはじめ、いくら注意してもやめようとしないという。眠そうな顔をしているのに、「眠くない」と言い張り、限界までがんばり続けたすえ、おもちゃを持ったまま眠りに落ちるのだそうだ。自然な眠りのリズムにゆったりと身を任せようとしないさまは、母親の抱っこに身をまかせない赤ちゃんを彷彿とさせる。実際、このような子どもたちは、「眠い」とぐずって母親にまとわりつくことが少ない。また、添い寝をしてやっても、母親と距離を置きたがったり、背中を向けて寝るような傾向がある。
 ところが甘え上手になってくると、眠くなった時、しっかりと母親にまとわりついてくるようになる。また、寝つきがよくなったり、ぐっすりと眠れるようになってくるのだ。

 このように、睡眠に関して特に困った問題を抱える子どもは、割合的には少ないだろう。しかし、それは氷山の一角なのだ。子どもの就寝時間が遅くなっている原因の一つに、子どもたち全体に感情抑圧傾向が高まっていて、体の緊張レベルが上がっていることが考えられるのではないだろうか。だとすれば、「ちゃんと寝なさい!」と、寝ることに対して努力を強いるような接し方は、逆効果になってしまう。努力や頑張りは、体の緊張レベルを上げることに繋がるからだ。「頑張ってリラックスしなさい」という要求は、それ自体が矛盾している。
 大人社会でも、年々、不眠症が深刻化している。3人に1人が睡眠障害に悩んでいると言われるアメリカでは、睡眠改善薬、サプリメント、寝具、照明器具などの“快眠産業”が活況を呈しているそうだ。日本でも、4人に1人が何らかの睡眠障害を抱えていると言われ、近い将来、“快眠市場”は3兆円規模に膨れあがるだろうと予測する人もいる。様々な努力によって快眠を得ようと四苦八苦する大人たち。その方向性が正しいかどうかは、子どもたちの現状を観察すれば、はっきりとわかるのではないだろうか。


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