(1)ジャイアンになれない「いじめっ子」

 昔、いじめっ子と言えば、ドラえもんに出てくるジャイアンのようなタイプの子だった。やることなすこと、がさつで自分勝手。「言うこと聞かないと、ぶん殴るぞぅ!」と脅しながら、周囲の友だちを従わせようとする乱暴者。
 しかし最近、「友だちに手を出して困る」と相談を受けるケースの多くは、ジャイアンとは正反対のタイプの子どもだ。もともとは臆病で神経質だった子が、ある時期を境に「いじめっ子」に豹変しまうのである。

 入園以来、友だちを引っかいたり、噛みついたりが止まらない子がいた。最初、先生は、「園に慣れてくれば、落ち着くはずだ」と思っていた。ところが何ヵ月たっても、いっこうに収まる気配がない。理由もなく突然手が出るので、目が離せない状態が続いた。
 母親もいろいろ努力してみた。優しく言い聞かせると、「うん、わかった。明日は頑張る」と言うのだが、次の日もまた事件を起こす。甘やかしすぎたかと思い、厳しく叱ると、チックや頻尿などの神経症状が表れ、突然夜中に飛び起きて泣き叫ぶこともあった。どこで育て方を間違えたのか、どうすればよいのかと、母親は困り果てた。

 神経が図太いジャイアンのような子どもならば、厳しくしつけていくしかない。しかし、「いい加減にしろ!」と叱っているうちに、年齢が上がって分別がついてくると、次第に落ち着いていくものである。
 しかし繊細な心を持つ子どもは、強く叱ると一気にストレスが溜まり、様々な神経症状が出てきやすい。かといって、事の善悪を教えようとしても、変化が見られないことが多い。それは子どもも、「やってはいけないこと」と頭ではよく分かっているからだ。
 ではいったい、どのように接していけばよいのか。そのヒントは、親子と面談する中で見つかった。

 母親の話によれば、赤ん坊の頃から過敏な子どもだったそうだ。人見知りがはげしく、公園デビューもままならなかった。幼稚園へあがる時も、友だちになじんでいけるだろうかと気を揉んだ。ところが、入園早々あっけなく母親から離れ、拍子抜けしたという。
 母親がそこまで話した時、それまで横でおとなしく遊んでいた子どもが、突然おもちゃ箱をひっくり返し、その後はまた、何ごともなかったかのように遊び続けた。その様子を見て、「今の母親の言葉に、解決への糸口が隠されているのだな」と私は感じた。
 友だちに手を出してしまう理由を聞いても、子どもは簡単には教えてくれない。なぜ自分がそうしてしまうのか、子ども自身もはっきり分からないでいる場合もある。ところが、子どものちょっとした動きに、子どもの深い気持ちが表れることが多い。おもちゃ箱をひっくり返すという行為に、私は子どもの怒りやいらだちを感じ、解決へのヒントを見た。

 ふつう、友だちに対して不安を持つ子どもは、母親から離れるのを嫌がったり、先生にしがみついたまま友だちに近づこうとしなかったりする。しかし、そうやって不安を訴えられる子どもは、だんだんに落ち着いていくのだ。
 ところが、平気な顔で不安を抱え込んでしまう子どもは、ちょっとしたきっかけで不安が恐怖に変わり、衝動的に手が出てしまう。「攻撃は最大の防御」なのだ。昔のいじめっ子は、暴力によって友だち関係を作ろうとした。しかし、今の「いじめっ子」は、暴力によって友だちを近づけないようにしているのだ。
 この子の場合、登園時に母親と離れる際にベソをかいたり、友だちに近づこうとせず先生にしがみついたりといった行動ができるようになってくると、友だちに手を出さずに済むようになった。半年もすれば、友だちと仲良く遊ぶ姿が見られるようになった。

 個性をむき出しにする子どもが多かった時代には、悪ガキがたくさんいた。「いい加減にしろ!」と、子どもをぶっ飛ばさなくてはならない母親も、今よりもたくさんいたのではないだろうか。しかし、ぶっ飛ばしていれば事足りていた時代は、今にして思えば、親子ともども幸せな時代だったのだ。
 繊細な個性を隠すために、「母親と離れても平気な子」「友だちに手を出すいじめっ子」という“仮面”をつける子どもたち。“仮面”を“本来の個性”と勘違いして接していると、どんどん悪循環に陥ってしまう。ほんの小さいうちから、子どもの“ホンネの気持ち”が見えにくくなってしまっていることが、今の「子育ての大変さ」の大きな要因の一つなのだ。

 親が「よい子」を強要したわけではないのに、ホンネの気持ちをしまい込み、無理をしてしまう子どもたち。それはまるで、スマートな人間関係の裏でストレスにあえいでいる、現代の大人社会の縮図を見るようだ。


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