(3)“らしさ”が失われたわけ

 ある時、子育て支援の核として活動する方たちの、勉強会に招かれたことがある。出席者は、各地域の民生委員などをされている方たちで、年配のご婦人が多かった。そこでは、「この頃の若い母親は、母親らしくない」という意見が多く出され、特に座長役の女性は、ふんまんやるかたないという調子で自説を展開された。
 「最近のママさんたちは、その辺のオネエちゃんと見分けがつかないですね。母親としての自覚が欠けている。あれじゃあ、子どもがまともに育つわけはありません」「昔の父親は、一家の大黒柱として、もっとシャキッとしていたものですよ。今は、デレデレと子どもの言いなりになってるから、けじめのない子になってしまうんです。ねえ、先生?」。いきなり発言を求められ、私は慌てた。デレデレした父親の筆頭のような私としては、なんとも返答のしようがなかった。
 会のあいだ中、その年配の女性のシャキッと伸びた背筋と、迫力のある声には押されっぱなしだった。今年で67歳だというその女性は、今どきの若者よりも、よほど元気に溢れていた。昔だったら、とっくに「隠居暮らし」の年齢なのかもしれないが、今は「熟年パワー」の時代である。「年寄りは、おとなしく引っ込んでいる」というのは昔のイメージで、今どきの年配の方は、ステレオタイプな“概念規定”には縛られない人が増えてきた。引っ込みたい人は引っ込み、積極的に活動したい人は活動する。世間が決めた「年寄りらしさ」ではなく、「自分らしさ」が行動基準なのだ。素敵な世の中になったものである。

 「年寄りらしさ」が行動基準だった時代には、そこから逸脱する人には、「年寄りのクセに」という言葉が浴びせられた。「年寄りは、年寄りらしくしていろ」「年寄りのクセに、若い者のやることに口出しするな」と言い放つ政治家がいたとしても、今ほど大問題にはならなかっただろう。
 同じように、「男らしさ」「女らしさ」が存在していた時代には、「男のクセに」「女のクセに」という言葉も大手を振っていた。「貧乏人のクセに」「子どものクセに」といった言葉を口にする人も多かったはずだ。そのような時代においては、人を年齢や性別、財産の有無などで分けていくという「線引きの論理」が、空気のように存在していた。
 その後、この国は、「人を年齢・性別・財産・社会的地位などで判断しない」という方向に、ほんの少しずつではあるが、歩みを進めてきた。多くの人々の血のにじむような努力によって、「弱者の泣き寝入り」が徐々に改善されてきた。そして、それにともない、人々を隔てる「線引きの論理」としての「らしさ」が失われてきたのは、当然の流れなのだ。

 それは、「母親らしさ」「父親らしさ」についてもしかりである。「女として生まれたからには、結婚をして子どもを産み、子育てに専念するのは当然」「およそ男たるもの、嫁をめとり、子をなし財をなし、強くたくましい一家の大黒柱になるべし」。このような社会的通念が揺るぎないものであった時代には、古い因習を乗り越えて「より良い子育てのあり方」や「新しい子育てのスタイル」を模索しようとする親に対しては、すかさず周囲の人から横やりが入った。線引きの論理は、「それ以上を許さない」という強制力をもっていたのである。
 ところが逆に、社会的な暗黙の了解事項である「親らしい」役割を果たさない者に対しても、周囲の目は厳しかった。「母親らしさ」「父親らしさ」というステレオタイプの縛りは、「それ以下も許さない」という“安全弁”の役割も果たしていたのだ。

 「それ以上も、それ以下も許さない」という社会的なワクが緩むにしたがい、ひとりひとりの親の個性が、如実に子育てに反映されるようになるのは当然だ。自分の欲望のおもむくままに子育てをしようとする「下方向への逸脱」と、「自分らしい、より良い子育て」を模索して努力しようとする「上方向への逸脱」。良くも悪くも、個性的な子育てが可能な世の中になってきた。これが、「親のタイプの二極化」の原因なのではないだろうか。

 昔は、子どもが生まれた瞬間に、社会が用意する「母親らしさ」「父親らしさ」に知らず知らずのうちに取り込まれ、自然に母親・父親になることができた。しかし今の親たちは、子育てを進めていく中で、自分の努力で、「自分らしい母親像・父親像」を発見していかなければならないのだ。
 それにしても、年配者の目には、「今どきの若い親は、自由を満喫している」と映ることだろう。しかし、時として「自由であること」は、「不自由であること」よりも大変なのである。


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