(3)“よい子”がキレるメカニズム

 「ささいなことで急にかんしゃく起こし、大暴れになって手がつけられない」という相談を受けた。3歳の男の子である。いわゆる反抗期には、子どもは、親の言うことを素直に聞かなくなるものだ。それは自然な成長過程であり、いちいち親が目くじらを立てていても仕方がない。ところが母親の話によると、その子のかんしゃくは限度を超えているらしい。
 機嫌よく食事をしていた子どもが、手を滑らせてスプーンを落としてしまったとする。呆然としている子どもに、「拾おうね」と何気なく声をかけると、急にギャーッと叫び声を上げ、食卓の上の物をグチャグチャにして暴れるのだという。
 しかし、理由もなしに、子どもがそんな状態になるとは考えられない。何らかのストレスを溜めこんでいるか、あるいは親のしつけ方に問題があるのではないか。そう思いながら、親子の来室を待ち受けた。

 「こんにちは。おじゃまします!」。顔を合わせたとたん、その男の子は、きちんと挨拶をした。そして、さっさと部屋に上がり、そこにあったおもちゃで遊びはじめた。面談中も機嫌よく遊んでいてくれたので、母親とゆっくり話をすることができた。
 「オリコウサンじゃないですか」と言うと、「ええ、そうなんですが…」と母親は浮かぬ顔だ。育児サークルなど外ではわりと機嫌がいいので、友人たちにも、「いい子じゃない。気にしすぎよ」と言われるのだという。ところが「魔の時間」がやってくるのは、たいてい家に帰ってからで、夕方から夜にかけてが危ないのだそうだ。
 面談の終了の時間が近づいた頃、子どもが母親のバッグを開け、お菓子を取り出そうとした。事前に、相談室での飲食は遠慮していただくようにと伝えてある。母親は、「お菓子は、お話が終わってからねって言ったでしょ」と、穏やかな口調でたしなめた。その瞬間、子どもはまわりにあったおもちゃを蹴散らし、大暴れを始めたのだ。一瞬のうちの豹変だった。
 「なにやっているの! だめでしょ!」と叱る母親。それでも子どもは暴れ続ける。気の毒になった私は、「じゃあ、少しだけ食べさせてあげたら」と声をかけた。ところが今度は、母親が渡したお菓子を部屋中にばらまき、さらに激しく暴れ続ける。「いつもこんな調子なんです。こんなふうになったら、もう何を言ってもだめで、30分や1時間は平気で暴れ続けます」と、あきらめ顔の母親。

 厳しすぎるわけでもなく、甘すぎるわけでもなく、ごく常識的に接している母親。それなのに、些細な理由で、異常なまでの激しいかんしゃくを起こす子ども。いったい何が原因なのか?
 実は私には、初めて子どもと顔を合わせた時から、だいたいの察しはついていた。
 「急にキレる」という子どもの生育歴を聞くと、もともとはとても過敏で恐がり屋だった子どもが多い。そういうタイプの子どもは、ふつう、初めての場所や相手には緊張するものだ。場合によっては、玄関先で「入らない!」とダダをこねたり、一人遊びにすぐあきて母親にまとわりつき、「おうちに帰る!」とぐずり始めることもある。しかしそれでも、なだめているうちに、なんとなく落ち着いてくるものだ。
 ところが、「急にキレる」子どもの場合、初めての場所や相手でも、妙に平気でいることが多い。しかし、その“仮面”の裏で不安と緊張を溜め続け、限界まで来ると、ささいな理由で大爆発を起こすのだ。日中、親が気がつかないうちに溜めこんだたくさんストレスは、夕方になって臨界点に達することが多い。
 幼児期において、早々と問題が表面化する子どもは、まだ運がよいのだろう。小学校高学年や中学生なって、やっと臨界点を迎えた子どもの場合、長年溜めこんだストレスの量は想像を絶する。それが一気に吹き出てくるのだから、周囲に及ぼす影響は深刻なものがある。

 親子カウンセリングを続けていくと、最初に子どもに現れる変化は、「小出しのダダこね」をするようになることだ。その場その場でのダダこねは、子どものストレスを発散させる。ひどいダダこねにはならないし、理由もわかりやすい。ストレスを溜めこんだ末の大爆発とは質的に異なる、「指向性のある表現行為」としてのダダこねなのだ。このような「リアルタイムの小さなダダこね」ができるようになると、急にキレるということもなくなってくる。
 もっとも、このように説明をすると大袈裟なことになるが、これは小さな子どもにありがちな「ごく普通のダダこね」だ。子どもは、親から教わってダダこねを覚えるのではない。それは、自然に出てくるはずの本能的な行動だ。それを、わざわざ親が引き出していかなければならないとすれば、大変なことだ。
 こういった、現代の子どもがもつ感情抑圧的な傾向は、「泣く」という行為にも表れている。


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