◆良い先生、悪い先生

幼稚園や小学校に上がるとき、「良い先生」「悪い先生」という情報が飛び交ったり、「うちの先生は、当たりだった」とか「はずれだった」とか、悲喜こもごもだったりします。

教師時代の私って、どうだったのでしょう。自分では「良い先生」を目指して頑張っていたつもりですが・・・。一直線で個性が強かっただけに、なかには、「困った先生だ・・・」と思っていた方もいるんじゃないかなあ。長年教師をやっていると、すべての人に、「良い先生」と思われるのは、無理な気がしました。お母さんどうしでも、正反対の教育観・人生観をもった方がいますから。
もっとも先生たちの中にも、「あの親は当たり」とか「はずれ」とかいった言い方をする人もいます。どっちもどっち・・・かな?。

マイナス思考で接すると、どんなステキな出会いも見逃してしまいがち。出会い自体は、「当たり」でも「はずれ」でもない、無色透明。それを、「当たり」に創りあげていくのは、双方の努力。そう信じたいです。(もっとも、中には、同僚ながら、「この先生には、お母さんたち、もっと文句言っていっていいよ!」と思う、トンデモナイ人もいましたが)

R君は、友だちへの乱暴が止まらず、お母さんはずいぶん悩みました。ついに幼稚園の先生から、「もう面倒見切れません! お母さんが付き添って、手を出しそうになったら止めてください!」と言い渡される始末。
そんなわけで、小学校入学もとても心配でした。1年生の担任は、「良い先生」と評判の先生で、とても熱心な先生でした。最初のうちこそ、何回か「事件」は起こりましたが、あっという間に落ち着いてきたR君。2年生も持ち上がりで、同じ先生。もうその頃には、R君の乱暴は、ほとんど影を潜めていました。それでも、お母さんの心配は払拭されません。何かのきっかけで、あの悪夢のような毎日に戻ってしまわないかと・・・。

2年生の2学期になり、お母さんの不安は的中。ちょっとしたきっかけで、R君がお友だちを叩いてしまったのです。、先生からの連絡によると、友だちの方からしつこいちょっかいを出したので、R君が怒るのも無理はなかったとのこと。相手の子どもにもケガはなく、「今度から気をつけようね」ぐらいで済ませればよい程度だったのですが・・・。
でも、それを聞いたお母さんは、「もう! あんたなんか、学校へ行かなくてもいい!!」と、わが子への怒りが止められなくなってしまいました。「あんなに一生懸命受けとめてくれる先生なのに、どうしてあなたはちゃんとできないの!」と思った瞬間、幼稚園の頃のお母さんの苦しい思い出が、怒りと共に吹きだしてきたそうです。
こんなに当たらなくてもいいのに・・・叱りすぎてしまう自己嫌悪と、わが子への怒りが悪循環になってしまう。それほど、幼稚園の時のショックが、尾を引いていたのです。

3年生になって担任の先生が替わり、今度は、悪いうわさばかり聞く先生に当たってしまいました。
授業参観で見た新しいクラスの雰囲気は、なんとも暗~い感じ。どの子もギスギスした顔になってしまっています。「こんな中で、がんばっているんだなあ」と思うと、わが子がかわいそうになってきました。家へ帰ってから、心配になって尋ねると、「みんな叱られてばっかりだけど、ボクは大丈夫だよ」との返事。「けなげだなあ」と、少し安心しました。
ところが1学期の終わりに、R君がお友だちに噛みついてしまう事件が起こりました。押し倒され、組み伏せられた末の出来事なので、今度こそ、同情の余地大。でも、担任の先生からは、「おたくのお子さんは、どうしようもない!」という調子の電話がかかってきたのです。すっかりしょげかえるR君。それを見たお母さんは、「あなたは悪くないよ!」と、初めてわが子を抱きしめることができたのです。

R君は、今はもうりっぱな中学生。お友達への乱暴が止まらなかった時期があったなんて、みじんも感じらないほど落ち着いています。「不思議なもので、“評判の良くない先生”になったことで、わが子を許すことができるようになったみたいです。今にして思えば、あの先生は、私たち親子の“結びの神”だったわけですね」 お母さんは、にっこり笑って話してくれました。


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